腰果Pの料理脚本 ー 四谷三丁目「の弥七」

腰果Pの料理脚本 ー 四谷三丁目「の弥七」

レストランは「舞台」であり、シェフは「キャスト」、お客様は「観客」である。メニューは脚本とも言えるが交わされる観客とキャストの会話は、一夜限りのアドリブである。そう、食を囲む宴とは、最高の『参加型エンターテインメント』である。つまり、脚本は、料理と対峙した一喜一憂の瞬間に生まれ変わるのだ。

 

今宵も、素敵な物語の世界へようこそ。

 

財界人も足を運ぶ、落ち着いた佇まい

 

カシューP:唯一無二という言葉これほど似合う店があるのだろうか?

懐石料理を食べに来たのかと思うような、優しい味わいが終始、心地よいお店。お父様が中華料理人、20年以上、中華料理に携わってきたが、和食でも研鑽を積んでいるそうだ。山本料理長の印象的な言葉が、「8割が和食で仕込んで、2割で中華を加える」というもの。でも明らかに、流行りの「和中華」ではない。

 

※この時期だからこそ席が取れた、待望の店。現在の営業は20:00まで3組限定でOPENしており、取材をさせていただいた(2020年5月19日時点)。この日は、23000円のコースを戴いた。

 

たたきオクラの茄子素麺

 

カシューP:高知県産の赤茄子が素麺になった、涼し気な1品。

胡瓜を素麺にするグルテンフリーなレシピは多いが、茄子の素麺は初めて。オクラ、胡瓜と胃腸に優しく夏バテの時期には、この料理を食べたくなりそう。旬な食材を見事に融合して、ねばりけが美味しい。茗荷、新生姜の香りが立って、食欲を助長する。「の弥七」の料理は、8割が「和食」から入る。この前菜は、和食の突き出しとして供されてもおかしくないような優しい前菜。キックオフとして、今からの料理が楽しみになる。

 

ぼたん海老の老酒(ラオチュウ)漬け 雲丹・卵黄

 

カシューP:そもそも紹興酒と老酒は、中国酒の「黄酒(ホアンチュウ)」といわれる種類に分類される。

老酒は、長期熟成された黄酒のことを指す。つまり、紹興酒は黄酒の中でも特に中国の浙江省紹興で醸された黄酒を言うことが多いそうだ。要するに、老酒は「黄酒を『熟成期間』で分けた名称」を指す。

当店では、15年物の老酒にしそ、柚子の皮を入れて1晩寝かせる。そして、その老酒に北海道羽衣町産の新鮮なぼたん海老を3~4時間漬けた逸品が、こちら。

もう、なんていっても漬け具合が絶妙である。老酒を使うことで、一気に中華テイストが加わり、斬新な面持ちが見え隠れする。そもそもだけれど、まず、ぼたん海老の鮮度に驚いてしまった。

刺身でも超絶に美味であろうプリっとした食感。甘みが舌を滑り、老酒でさらに糖度が奥深くなる。山本料理長によると「海老は海老屋さん、貝は貝屋さん、と食材に応じて仕入れているんです」。それぞれの食材が、鮨屋と同様のクオリティーで供されるのだ。添えられた雲丹も、トロッとした食感が同じくらいの早さで溶ける。

舌で溶ける2つの食材。相手の歩幅を意識して歩く夫婦のような料理だった。

 

桜海老といんげんの炒め物

 

カシューP:山本料理長の「油を切る」という表現をよく使われる。動画撮影の際にも何度もポイントで伝えてくださって、僕が気に入っている表現だ。そう、炒める際に油を敷かないときもある

油を敷かない理由は、香りを大切にするため。香りを優先する料理は、油を切る。また、この小さな配慮がヘルシーで、胃もたれしない「の弥七」の中華料理に繋がっていると思う。高温200℃の中華鍋に炒めるは、桜えびといんげん、豆鼓、ひき肉、ネギ。

和食ではインゲンは、茹でることが多いが、中華鍋により繊維を切るようにして炒める。そして食感が残るので、シナシナしていない。

この日に同席した社長は、炒飯にしてもらいたいと話していた。確かに、酒のアテとしても、ごはんのお供としても、パートナーを選ばない料理。

 

よだれ蛸

 

口水鶏は成都料理の代表的な前菜。20世紀中ば、共産党員の文筆家である郭沫若が、自著の中で「故郷の四川省で少年時代に食べた辣油や花椒がまとった茹で鶏を回想すると、よだれが出てしまう」と書いたことが、この料理の由来。

中国語で口水とは、「よだれ」。そう、日本では「よだれ鶏」と訳される冷菜である。

ただ、今日のよだれ蛸は「の弥七」でしか食べられないだろう。「の弥七」では、春夏秋冬で食材を変えており、秋はあんぽ柿、冬場はあん肝など、その季節に合った食材で「よだれ●●」を創作する。僕たちはラッキーで、このメニューは前日に考案したアイデアほやほやの料理。

まず、香味と酸味のバランスが秀逸である。中華なのだけれど、中華でないような不思議な感覚になる。

辣油のピリッとした辛みが食べた後から訪れるのだが、黒酢ベースのタレと出汁のベースが優しい。

昆布出汁のジュレが纏い、大根、胡瓜の滋味深い野菜、ごまが抜群に合う。

「蛸は、ほうじ茶で2分茹でて、吸盤の下の皮はすべて取り除いているんですよ」と山本料理長。

緻密で細かい仕込みの数々をメモするため、よだれを垂らしている場合ではない。

 

原木椎茸と海老の春巻き 

 

この時、助成金の会話をしていたのだが口にいれた瞬間、話題を料理の中身に強制的に変えたほど。

美味しいものを口にすると、いったん、思考回路がフリーズするようだ。天然原木椎茸のジュースが閉じ込められて、半分は大きさを変えてゴロゴロ感を残している。

 

自家製 叉焼

 

自家製叉焼は、優しい味わい。ローストポークのような叉焼とは違って、油を限界まで切ったもの。ゆっくり火入れをした丁寧な仕込みを感じ取れた。脂っこさがなくて、もう1、2個食べたくなる焼き加減が素敵。

 

蛍烏賊と四万十海苔の炒め物

 

カシューP:烏賊ミソが甘さの決め手。悶絶必須。僕がこの料理が、この日イチかもしれない。

山本料理長によると、てんぷらの衣を少し厚めにして、ガリっとした食感を残しているそうだ。それは、歯で感じたテクスチャーと蛍烏賊のワタ、味噌の滑らかさのコントラストを出すためだと言う。

ホント、計算しつくされているなぁ…溜息しか出ない。山椒の塩は、高知県産。

山本料理長の地元、高知の食材を使った逸品。

 

アオザメの鱶鰭 白湯煮込み

 

メインディッシュの鱶鰭は、干し方までリクエストをしている極上の国産物。今年、初めて口にしたの弥七の鱶鰭は、今年口にする鱶鰭の中で最もおいしいに違いないと断言できるだろう。

干したら冷凍することが多い鱶鰭を、天日干しで生のまま流通させる。1年分の鱶鰭を特別にオーダーして買い取るこだわりよう。

合わせるは、鶏種「もみじ」や豚の軟骨で出汁をとった濃厚スープ。

「30L→最終的に3Lになるんですよ」だそう。それは、シェフ泣かせのスープだけど、お客さんは歓喜だね。

エキスの凝縮度とコラーゲンの量。高額なプラセンタを定期的に打つくらいなら、僕はちょっと背伸びをして「の弥七」に通いたい。

 

愛知県蒲郡の車海老チリソース

 

カシューP:どうしよう。もう他の店で、相変わらず海老チリソースが頼めなくなってしまいそうだ。

だって、湯引きしたトマトを沢山砕いてトマトソースにして、ケチャップなどは余計な添加物は不使用なのだから。そして、おまけに「砂糖不使用」なのだ。究極である。

甘さの秘訣は、自家製の酒醸(チューニャン)から。もち米に麹を入れて日陰干ししたもの。

この発酵食品が秘伝の調味料となり、酒粕の甘味が奥ゆかしくさせる。

 

山形牛のサーロイン

 

カシューP:ふと思ったが、山本料理長は、「サトラレ」なのではないだろうか?

客の「1~2枚、おいしい肉を食べたいなぁ」という、心の声を見事に叶えてくれたような料理。

ちょうどいい案分のすき焼き。量はチョットで良いから、美味しいお肉を少量で食べたい人の願いが叶った一皿。

「#コロナ太り」にお困りな方でも、そうでない人でも、箸が進んでしまう。割下は、赤米の色素の力で“照り”をつくる。食紅などで、紅色をつける中華料理とは一線を引く。

合わせるは、山椒。国産である。どうやら「スパイスの仙人」のような人物が関西にいらっしゃって、その方が調合したスパイスを使用する。この辺の話は、お店で直接伺ってみてください。楽しいです。

 

毛蟹の炒飯

 

カシューP:この炒飯は、素晴らしい。何故なら、ジャスミン米と蟹が1:1だからである。

蟹とごはんの1:1のバランスが蟹を食べた感覚を呼ぶそう。「外食とは、贅沢を売る場所である」という山本料理長の言葉が、印象的だった。おかずに米がついている感覚の毛ガニの炒飯。パラパラで、ジャスミン米なのが当たり前なのかもしれないけれど、家では真似できない。

 

マンゴープリンと桃饅頭

 

カシューP:最後のデザートまで抜かりがない。甘いものが得意でない私でもペロリ。レモンの酸味とマンゴーの甘味がマッチして、果物の甘さが活きるプリン。

そして、カスタード餡を蒸し固めた、飲茶の饅頭がほうじ茶と合う。

 

編集後記

 

「芸能人で似ている人って、誰って言われる?」

あの20代の頃の合コンでは、誰かが話題を切り出すカテゴライズ。

それを聞いて、一体どうするのだろう。

カテゴライズをする心理(インサイト)は、シンプルである。

「同意と安心を求めているから」である。

 

「中華」と聞くと、

(1)火力たっぷりの中華鍋

(2)炎が立ち上がる中、音をカンカン鳴らす

(3)勢いをよく食材を炒める料理人の姿

を連想するのではないだろうか。

 

そのような分かりやすいカテゴリーが、日本人は好きだろうし、心構えがしやすい。

でも、『の弥七』は固定概念を五感から覆してくれる。

 

「中華料理×懐石料理×α=あなたの感性」といった感じ。つまり、方程式に正解がない。ジャンル『の弥七』なのである。

だから、上司を誘うとき、もしくは狙ったあの子を誘う時…「予約した店は、中華料理です」は、ちょっと違う気がする。

体脂肪率を気にする美意識の高い女性を「中華」に誘ったら、ちょっと敬遠されるかもしれないけど、『の弥七』だったら安心だ。けれど、いつもよりも少しばかり説明がいるかもしれない。

 

そんな時、この記事を是非とも使ってほしい。

山本料理長の味に対する研究熱心な姿勢、丁寧な仕込みが、日本に新しいジャンルを生み出している。

ご馳走様でした。

 

 

 

シナリオライター/コピーライター
腰果P(カシューP)

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※料理(客単価)10,000円以上~の飲食店のみ取材を引受けさせていただいております。

 

 

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