レストランは「舞台」であり、シェフは「キャスト」、お客様は「観客」である。
メニューは脚本とも言えるが交わされる観客とキャストの会話は、一夜限りのアドリブである。
そう、食を囲む宴とは、最高の『参加型エンターテインメント』である。つまり、脚本は、料理と対峙した一喜一憂の瞬間に生まれ変わるのだ。
今宵も、素敵な物語の世界へようこそ。
目次
「酒サムライディナー 第八弾 あおい有紀×松嶋啓介」
2019年11月17日、フリーアナウンサーのあおい有紀さんのお誘いで、オーナーシェフ松嶋啓介氏とのトークセッション+お食事イベントに参加。今回は広島県の食材を使ったフレンチ×広島の蔵元(日本酒)とのマリアージュがテーマだ。
料理の説明も然ることながら、”旨味”のトリビアが間に入る。今宵は撮影、食事、メモとりの3点を同時で行う必要があって大忙し。食事も、会話も楽しみたいけれど、ホロ酔い気分ではいられない、不思議な緊張感が愉しかった。
アミューズ・前菜 × 『賀茂泉 純米大吟醸 壽』(賀茂泉酒造)
カキクリーム、グリッシーニ
牡蠣の出汁ゼリー
腰果P:カキクリームは、牡蠣+クリームなシンプルな料理。作り方は、加熱用の牡蠣にクリームを入れて回すだけ。塩味は、牡蠣のミネラルだけを使用していて食塩は添加していないそうだ。「家でも作れる簡単な料理」というシェフのセリフで、会場の客席からは苦笑いが溢れていた。
牡蠣の出汁ゼリーは、牡蠣とかつおぶしの出汁(イノシン酸)、醤油(グルタミン酸)を利用した旨味のマリアージュ。精製した塩ではなくて、本来のナトリウムを感じる夜になりそうだ。
腰果P:毎秋、開催される「酒まつり」では、2日間で約20万人を超える方々が来場される。1000種類のお酒を飲める日本最大のsakeイベントだ。そして、日本で唯一の酒造研究所がある町。それが、広島県西条。また西条には『酒類総合研究所』という日本で唯一のお酒に関する国の研究機関がある。日本の酒類および製造技術の安定を目的に1904(明治37)年、大蔵省に設立された機関で、1995(平成7)年に研究所を東京から東広島市・広島中央サイエンスパークに移転した。
そんな広島県西条に位置する賀茂泉酒造の前垣副社長によると、戦争中には、醸造アルコール添加のみのsakeづくりだったそうだ。醸造アルコールが入らないsakeを「無添加酒」と呼んでおり、清酒に無添加という言葉が禁止されているため、1975年に「純米酒」と呼ばれるようになったそう。
そんな、sakeの解放宣言的なリベラルな“純米酒の復活”に一助したのが、賀茂泉酒造。この地域の酒造好適米は八反錦が多いが、「壽」は山田錦のsake。宴の始まりの合図には相応しい酒名だろう。
キノコ料理 ×『龍勢 生酛 八反陸拾 純米吟醸』(藤井酒造)
腰果P:生のキノコの旨味成分はグルタミン酸だが、干された乾燥キノコになるとグアニル酸に変化する。つまり、同じキノコでも状態によって放出する旨味が異なる。そして効能も変化する。
グルタミン酸は、幸せや食欲を掻き立てる効果がある一方で、グアニル酸はホットするような落ち着きをもたらす効果がある。2種類の効能と用途で、世の中のシェフは使い分けているようだ。中華料理の高級な薬膳スープのきのこは、乾燥物が大半であることも腑に落ちる。
この料理は、そんなキノコの香りを楽しむもの。目視できないほど少量のポルチーニ茸の香りが鼻孔をすり抜け、秋を感じた。
合わせるは、“天壌無窮”をスローガンにした酒蔵。「日本書紀』にも登場するこの言葉は、「窮まること、尽きることのないものを受け取り、引き継いでいくこと」を意味するそうだ。歴史に敬意を払い、次の世代へと昇華させていく想いが、藤井酒造の家業である酒造りには感じとれる。
リゾット × 『賀茂泉 純米吟醸 朱泉本仕込』(賀茂泉酒造)
腰果P:火を入れるのに1時間かかる古代小麦、スペルト小麦に栗の煮込みが添えてある滋味深いリゾット。最初、上品な甘めソースはポルトワインで味付けされていると感じたのだが、正体は玉ねぎだった。玉ねぎを炒めて糖度を高めてチキンブイヨンでソースをつくるそう。
琥珀色のリゾットがと併せるは、「賀茂泉 純米吟醸 朱泉本仕込」。標高250~300mの盆地に位置する広島県の西条で、酒造りがはじまったのは1650年頃。仕込みの時期には気温が4~5℃になる理想的な環境が揃っているそうだ。龍王山の伏流水が井戸水となって湧き出る西条の酒蔵では今も、井戸から汲み上げた名水を仕込み水として使っている。なるほど、sakeの生命線水がウリか。穀物感のあるスペルト小麦のコクと合わせている。
藤井酒造の代表取締役から貴重な日本酒のこだわりを拝聴!
腰果P:藤井酒造は、製造する酒すべてを米と米麹だけで醸造している“全量純米蔵”。醸造アルコールが体に合わない私は、藤井酒造のsakeならすべて美味く頂けることになる。酒酵母が、その使命を終える最後まで旺盛に活動を続け、米麹によって作られた糖をアルコールに変えることを“完全発酵”と呼ぶ。まろやかな口当たりと飲み飽きることのない爽やかな旨み、軽快なあと口のキレを兼ね備えているsakeの所以か。
令和に入り、新しい試みをしたそうだ。100年前から蔵の下で保管していた3本の木桶が2本に姿を変えて、酒造りを再開するそうだ。新しい木桶では、木の薫りが強すぎてsakeの風味に影響をしてしまうそう。まさに木桶は“酵母の住処”であり、sakeの生命線であることを知った。
生酛づくりにこだわる酒蔵、藤井酒造の「龍勢 生酛」。
平成18年~生酛づくりを再現した酒蔵だ。酵母も無添加。宿にある酵母を酒に宿るのを待つ辛抱強さに脱帽してしまう。八反陸拾の「陸拾」とは、60を指す。つまり、精米歩合を60%にした純米酒であり、上品で飲みやすかった。
魚料理 × 『華鳩 秋の純米吟醸 ブドウラベル』(榎酒造)
腰果P:貝の煮汁、白ワイン、ケッパーなどで出汁をとった料理。アクアパッツァとはもともと海賊の漁師飯であるとも言われている。つまり、海水で炊いて、魚介の塩味だけを利用した料理。今回も塩は添加せずに、フレッシュなEXVオイルのグルタミン酸を奏上させていた。
そういえば、アクアパッツァが供されると、余ったスープをパンにつけて食べる人を見かけるが、あれは塩分が強いために起こる衝動なのだと気がついた。本日の爽やかなアクアパッツァは、パンいらず。
肉料理 × 『龍勢 生酛 備前雄町 特別純米酒』(藤井酒造)
腰果P:蝦夷鹿と日本酒のマリアージュは初体験。イギリスに留学した東郷平八郎が肉じゃがを考案したと言われている。日本の幕末から昭和時代初めの武士(薩摩藩士)で海軍軍人であった東郷平八郎は、船の中でビーフシチューを食べたいとリクエストをして、シェフが日本酒と醤油を使って肉じゃがをつくったことが始まりだそうだ。
そんなトリビアを聞きながら、フォークを進めるけれど、舌を唸らせたのはどちらかというとキクイモたち。全然、私にとって根菜は“忘れられて”いなかった。
ちなみに、藤井酒造のsakeは、どのランクの酒であっても、“完全発酵”による酒造りを心がけているそうだ。自己主張が少なく、チーズとの相性がすこぶる良かったのも、この仕事が一役買っているのではないか。
藤井酒造がある広島県・竹原市は、穏やかな瀬戸内の海に面しており、かつては製塩業でも栄えた町だそうだ。別名『安芸の小京都』とも呼ばれ、日本建築が軒を連ねている。竹原は、今も地下水を水道水として使用しているほど清冽な水に恵まれた土地だとのこと。ぜひ、足を運びたい。
貴醸酒協会が設立され、貴醸酒は商標登録されるが…
腰果P:通常、米と麹、水を、3回に分けて加えて仕込むところ、3回目の留仕込みのときに、水の代わりに日本酒を加える手法。アルコールを含んだ酒を加えるため、発酵がゆるやかに進んで糖が残り、甘い酒ができる。翌1974年、国は特許を申請した。
貴醸酒協会が設立され、貴醸酒は商標登録される。だが、辛口の酒が上等だとされていた時代だ。特殊な酒として表舞台から消えていったそうだ。8年貯蔵を試飲販売すると反応が鈍かった。熟成香が敬遠されてしまったようである。しかし、43年もの年月をかけて、貴醸酒は市民権を得た出来事がある。2007年、IWCに日本酒の部門ができた初年度、出品したところ金賞を受賞したのだ。
フロマージュ ×『華鳩 秋の純米吟醸 ブドウラベル』(榎酒造)
腰果P:王道的なフルーツと青カビチーズの組み合わせが、美味しい。これに、また「華鳩 秋の純米吟醸」が非常によく合う。ワインとチーズは、実はあまり相性が良くない組み合わせとして知られている。私もワインとブルーチーズなどを同時に食べると、翌日の頭痛が強くでる傾向がある。これは、チーズに含まれるチラミンなどの2つ以上の誘発因子を一度に食べると誘発されると言われていて、人によるようだけど。私には、今夜のようにsakeで正解。
合わせるは、榎酒造株式会社の“華鳩”。この酒蔵は、貴醸酒が特徴。昔の教科書が「ハナ、ハト……」で始めることから“華鳩”と命名したのだと、四代目蔵元の榎俊宏さんは語ってくれた。
貴醸酒は1973年、国立醸造試験所(現・酒類総合研究所)の佐藤信博士を中心としたチームが考案したそうだ。国賓をフランス産ワインでもてなすシーンがテレビで放映されたとき、「日本の酒で、もてなすべきだ」という声が上がり、国を挙げて高級酒造りに取り組んだことから始まった。
デザート × 『華鳩 貴醸酒8年貯蔵』(榎酒造)
腰果P:普段食べない不断草のシャーベットが気に入った。抹茶でもなく、ピスタチオでもなく、独特な色味だけど、青臭くなくて滋味深い。
合わせるは「華鳩 貴醸酒8年貯蔵」。まるで、貴腐ワインのようなトロリとした濃醇で、甘口な味わいは、食後酒に最適だろう。熟成酒はほんのりモハベレーズンやヘーゼルナッツのような香味を感じる。フォアグラ、バニラアイスクリームにかけると大人な楽しみ方ができるようだ。『ホッとやすらぐ酒。』を目指しているそうだが、最後の最後に安らぎを与えてくれた。
編集後記 + 地図の解読が苦手な方へ
この日は、3名に道案内を助けられた。最初に案内されたビルにはレストランがなくて、ビルの管理会社の人に指示を仰いだ。「突き当りにあるよ」という解釈に迷って、最後はヤマト運輸のドライバーさんの指示で、ゴール(;^_^A
セコムのビルを左に曲がり、1本目の路地をすぐ右に入ってください。パークコートのの文字が出てくるので、これを目印にするといいです。マンションの奥のエレベーターで上がれば到着します。
さて、「胃袋にもレセプターがあって味覚を感じることができるんです」というシェフの話は、納得できた。“フレンチは順番を逆にして食べていくとボリュームがありすぎて最後まで食すことが難しい”、という話を別の料理人から聞いたことがあって、リンクした。
派手な料理は、体調が優れているときは〇だが、カラダに負担がかかる。つまり、美食家の生涯における最大の敵は、“胃袋との対話”なのだろう。胃袋のご機嫌が損なわれると、不利益を被るのは自分自身である。
素材のもつナトリウムを生かした料理は、私も普段から心がけている。例えば、私は焼き鳥屋さんで注文するときは「素焼き」にしている。店が使う塩を確認した上でも、素焼きがいい。喉が渇かず、肉の旨味が感じられるからだ。また、白い食材(小麦、砂糖、精製塩)は我が家のキッチンには皆無である。そんな“塩離れ”に慣れている方には、この店の料理を“物足りない”ではなく、“心地良い”と感じることだろう。ご馳走様でした。
腰果P(カシューP)
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