【ソンユガンのブドウ栽培】日本の風土に合った栽培品種の選択とは?

【ソンユガンのブドウ栽培】日本の風土に合った栽培品種の選択とは?

2019年に植樹したブドウ樹は今年で4年目を迎え、10月にようやく初収穫を迎えることができた。

長野県長野市北部の浅川地区、標高630メートル、南向きの緩い傾斜地、約2ヘクタール。

ここで約40品種のブドウを育て、その中から最適品種を見定めている。

 

ブドウ栽培を始めるにあたって、まず最初に決めなければならない一番重要な事項は「土地」である。どこにブドウを植えるか。降雨量、日照量、積算温度、寒暖差、土壌、風通し、畑の向き、傾斜などなど。世界的に見ても決してブドウ栽培に適した国ではない日本において、考慮しなければいけない項目は非常に多い。

 

その中でも「雨」の少ない場所を選ぶのは非常に重要なことだ。なぜならブドウ栽培において一番の懸念事項は雨だからだ。

 

そして土地選びの次に重要になってくるのが、「品種選び」であると私は考える。

世界に存在するワイン用ブドウ品種5000〜8000種類の中から、その土地に合ったものを選ぶ事ができて初めて、高品質なワインを生むことが可能となる。

フランスやイタリアなどの銘醸国においては、その数千年に及ぶワイン造り歴史の中で、適正品種が既に選び出されているが、(※近年の気候変動によってそれは揺らいでいる)日本ではどうだろうか? 

 

日本におけるブドウ栽培の歴史は非常に短い。

 

 

日本におけるブドウ栽培品種の歴史

奈良時代から平安時代(710~1185)にかけてシルクロード経由で伝わった「甲州」(山梨県勝沼町)が最も古くて約1000年、明治時代以降もたらされた数多くの欧米品種の中で栽培に成功したいくつかのアメリカ系品種が約150年、「日本ワインの父・川上善兵衛」によって生み出された交配品種が約100年、1980年代から本格的に開始したシャルドネやメルロなどヨーロッパ系品種においては約40年という短さである。

 

現在、国内で生産されている日本ワインを見ると、上記ブドウ品種からバラエティに富んだ種類のワインが造られている。

 

  • 日本固有品種:甲州
  • 米国系種(ラブルスカ種):ナイアガラ、コンコード、デラウエアなど
  • 交配品種:マスカット ベリーA(ベーリー×マスカット ハンブルグ)、ブラック クイーン(ベーリー×ゴールデンクイーン)、山幸(清見×山葡萄)など
  • 欧州種(ヴィニフェラ種):シャルドネ、カベルネ ソービニヨン、メルローなど

 

(※最新oivに登録されている日本品種は3種:甲州、マスカットべリーA、山幸)

 

 

どの品種を植えるべきか?? 育てるべきか??

 

では、どの品種を植えるべきか?? 育てるべきか??

これは、ブドウを栽培する者にとって非常に難しい選択である。

私は、この選択に3つのパターンがあると考えている。

 

1.目指しているワインが明確にあり、栽培したい品種が既に決まっている

a.その品種の栽培最適地を探し出し、そこに人生を懸ける人

b.最適地であると確信が持てない土地でも情熱でその品種に挑戦する人

 

2.条件的にすでに栽培する品種が決まっている

a.親などから畑を引き継いだ人

b.跡継ぎのいない畑を受け継いだ人

c.既に住む土地があり、その土地に合う品種を選択する人

d.成功しているワイン産地で栽培を開始、そこで成功している品種を選択する人

 

3.栽培する品種をこれから見定めていく

a.栽培する土地が先に決まり、後にそこに適した品種を探していく人

b.既に適正品種が存在するワイン産地で、新しい品種の可能性に挑戦する人

 

ワイン造りを志す者が選んだブドウ品種には、必ず何かしらの理由が存在するはずである。

 

(ちなみに私は3-aである)

 

サステナブルなブドウ栽培とは

 

それでは、ブドウ栽培を「サステナブル」という観点で考えるとどうだろうか?

ブドウ栽培におけるサステナブルとは一体何なのだろうか??

 

グラスに注がれた美しい液体に思い描く華麗な世界とは裏腹に、ワインは自然破壊や環境問題とも密接に関係している産業であることは間違いのない事実である。

 

(開墾(自然破壊)、水(資源)、肥料/農薬/除草剤(環境汚染)、資材/農業機械(環境問題)など)

 

私の考えは、「その土地に合った病気に強い品種(作物)を育てること」である。

自然に負荷を欠ける行為を極力無くす(減らす)栽培こそが、サステナブルなブドウ栽培であるとするならば、日本において考慮すべきは「 農薬(殺菌、殺虫、除草)」である。

農薬を大量に使ってまで、嗜好品であるワインを造るためのブドウを栽培する必要はあるのか?

農薬ありきの農業、農薬を当たり前に使用する農業ではなく、農薬を極力使用しないブドウ栽培、すなわち農薬を減らす努力をする農業こそが今、取り組むべき道ではないだろうか。

しかし、現実はそんなに簡単ではない。

日本のブドウ栽培農家で「もっと農薬の使用量を増やしたい」と思っている人は一人もいないだろう。逆に皆「出来るなら減らしたい」と思っているはずだ。農薬を散布する作業は非常に手間も時間もお金もかかり身体的リスクまで生じる。

ではなぜ農薬の使用をやめる事ができないのか??

ここには、たった一つの大きな問題が存在する。

 

 

大きな問題とは

 

 

恐らく日本の多くのブドウ栽培農家が同じ理由(目的)の為に、農薬の呪縛から逃れる事ができずにいる。

その大きな理由とは、「高品質なワインを生むブドウ品種が、欧州系である」という事実である。

ワイン造りを志す誰しもが、美味しいワインを造りたいと思っている。それが故に、高品質なワインを生み出す欧州系品種を育てたいと思うのは必然である。

だが問題は、「欧州系品種は日本の気候に合わず、病気に非常に弱い」ということだ。

ヨーロッパの気候風土を好む欧州系品種にとって、日本の気候はとても過酷だ。

冬が雨期で夏が乾期である欧州とは真逆で、冬が乾燥して夏に雨が多い。しかもブドウの生育期間の中でも特に大事な開花から収穫時期(6月〜10月)に降雨量が多く、それが多くの問題を引き起こす。ブドウの花期は6月で、しかも風媒花なので、この時期の雨は非常に良くない。8月の雨によって枝葉は必要以上に茂り病気を発生させ、極めつけは収穫時期の雨によって果粒が水ぶくれして凝縮度を失い、さらに裂果の可能性すらある。

要するに、日本で高品質なワインを造りたいという想いとは裏腹に、現実的にそこには大きなギャップが生じるのである。

では、栽培家はどうやって何でこのギャップを埋めるか?

それは二つ。

己に負荷をかけるか、または自然に負荷をかけるかである。

おそらく殆どの生産者は、自然に負荷をかけてギャップを埋めているであろう。しかし極僅かな生産者たちは情熱と共に己に負荷をかけて険しい道を歩んでいる。

 

この大きな問題。

なんと日本では、100年以上も同じことを議論し続けている。

 

 

100年以上続く議論

これまで欧州種の葡萄はブルゴーニュの森の中に自生していたものが広がったと考えられていたがどうも違うようだ。もともと葡萄は小アジア(西アジア)から伝わった葡萄であり、暖かい地域でなければ育たない。我が国の土質や地位(緯度)はフランスと同じだが、気候においては葡萄の開花と収穫時の多雨や暴風雨でその栽培は難しい。葡萄はなかなか熟さず、熟したとしても糖度が上がらない。ワインにすると土臭がしてしまう(1896年 福羽逸人果樹栽培全書)

「品質の優良なのはヴィティス ヴィニフェラに属する品種で、これらはいわゆる乾燥地に適し、湿地には病害が多くて不適である。たとえ十数回ボルドー液を散布しても見込みがないものがある。甲州種はこの種に属するが割合に病害に強い。
ブラック ハンブルグ種やシャスラー フォンテンブロー種などは現に我が国の雨の少ない乾燥する土地において良く成長結実している。ゆえに欧州種としてはこれらの品種を栽培すればよい。いわゆる米国種は、品種は良好ではないが病害に抵抗する力が強い。この米国種と欧米種との雑種に病害に強く品質の佳良な品種がある。これらは有望である(1926年 恩田鉄弥通俗園芸講話)

「ヨーロッパ系品種の多くは、品質は良いが日本の風土に適するものが少なく、アメリカ系品種は日本の風土に適するものが多いが、上質なワインの原料には適さない(1940年 川上善兵衛交配による葡萄品種の育成

「ヨーロッパ品種の葡萄は日本の自然条件では栽培するのが難しい。この葡萄は地中海周辺のような乾燥した風土を好み、日本の湿潤な気候に適さないからである。これに対し、アメリカ東部を原産地とするアメリカ系品種の葡萄は日本の風土によく適応する。そもそも湿潤な気候に生育していた品種だからである。そこで、ワイン用葡萄を日本で栽培するには、両者の長所を合わせ持つ交配品種をつくり出すのが最も良策である(1950年代 宿命的風土論)

 

明治時代の始まりとともに、1870年に山田宥教と詫間憲久が日本で初めて葡萄酒を醸造してから急速な発展を遂げた日本ワイン史。

しかし、自生する山ブドウや甲州種を使用してのワイン造りから、徐々に欧州種のブドウを使用した高品質なワイン造りを行う目標へと向かったが、栽培に失敗し挫折。

その中で栽培に成功したいくつかの米国種。

日本で欧州種を使用した品質の高いワインは造れないという諦めの時代の中で蔓延した風潮を浅井昭吾氏(浅井宇介)は「宿命的風土論」と呼んだ。

 

 

「宿命的風土論」

 

ブドウ畑は、それぞれに個性を持つ。差異があるのは当たりまえなのである。これを「風土の違い」と表現したあたりで、日本では銘醸地との差が、追いつくことのできない宿命的な落差の意味を持つようになってしまった。そして、この逆もまたワインの世界では根強く蔓延した。名づけて「宿命的風土論」という。
風土とは、気象や地質のごとき自然を意味するものではない。その土地の自然に働きかけて、人間の営為がつくり出すものをいう。
銘醸地は人間がつくり出すものである。だから動く。一見、それが運命的に定まっているかのように、ここ150年間ほど動かずにいると見えるのは、人びとが「宿命的風土論」の呪縛から逃れられずにいたからだ。
ワインつくりにおいて、「恵まれた風土」とは、はじめから決まっているものなのだろうか。真実は、良いワインとなるブドウを育てた場所を「恵まれた風土」といっているだけではないか。それは神から与えられたのではなく、人間がつくり出したものであることを忘れてはならない(2001年 浅井宇介ワインづくりの思想)

 

 

米国種を使用したワイン造りへの否定

しかし、この時代背景の中でも、米国種を使用したワイン造りへの否定的な意見は存在した。

1908年に福羽氏は米国種でのワイン造りを否定し、1985年に長野県塩尻市桔梗ヶ原産のメルロー種で日本最高峰のワインを造った浅井氏は、日本でも欧州系ブドウによる高品質なワインが造れると実践で訴えた。

 

近年、越後国において盛んにブドウ栽培をしている川上善兵衛氏は、事業に熱心でしかも多少の技量があることには敬服する。しかし、ワイン造りという大きな目的に向けては肯定することはできない。というのも、氏は生食、醸造ともに不適良な米国品種の劣種を栽培してスペイン、フランス、イタリア、またはアメリカ カリフォルニア州産の葡萄酒と競争できるものと思っているからだ。これは真に誤見だと言わざるを得ない。どうしてかというと、そのような劣った葡萄では醇酒を醸造することはできる訳ないからだ(1908年 福羽逸人果樹蔬菜高等栽培論)

醸造用ブドウについて従来、品種改良こそが国産ワインの将来に希望をつなぐ道と言われてきた。日本という湿潤な風土だから棚づくりの栽培方法がふさわしく、そのフレームの中で、比較的栽培しやすいアメリカ系ブドウや、土着のヤマブドウにヨーロッパ系品種の資質を賦与する作業が営々と行われてきた。ブドウがうまく栽培されなければ醸造は成立しない、という論理である。だが、いまはその逆の発想をしなければならない時代になった。ワインは日本でつくらなくても、どこからでも入手できるからである。良いワインにならないブドウは栽培しても仕方がない。そうなると、「適品種」は風土に適した品種ではなく、商品として評価される品質適性をもった品種ということになる。品種を限定すれば、手だてを講ずる余地は「適作」にありと覚悟しなければなるまい。事実、世界のワイン造りの流れはこの方向に定まった観がある(1992年 浅井宇介ワインづくりの四季)

ワイン新興国で、新しくブドウを栽培し始めた人たちは、なんとしても「良いブドウ」をつくろうとする。彼らにとって目標は明快である。カビや害虫に侵されていない健全な果実であること。よく熟していること。よい品種であること。三拍子揃っていなければ「良いブドウ」とは言えない。どこにそのようなブドウが実る場所があるのか。かつては収穫量が多く、しかも安定していることが、その三拍子を判断する最も重要な基準であった。「良い品種」とは、粗放な栽培でも病気にかかりにくい強健で豊産なブドウのことであり、その生産コストが最も安く上がる場所に畑は拓かれた。しかしこれでは、われわれが思い描く「良いワイン」に到達することはできない(2001年 浅井宇介ワインづくりの思想)

 

 

2022年現在の状況は

 

 

全く同じ議論が今も行われている。しかも、なんとこの議論は世界中で起きているのだ。

良いワインを造りたいという人間の「願望」と「欲望」

そこに生じる己と自然への「負荷」

気候に合わない植物を栽培することで必ず生まれる「矛盾」

環境や己の肉体へ大きな負荷をかけてまで生まれた高品質なワインの価値とは..?

色々なものを犠牲にしてまで高品質なワインを造る意義とは..?

気候変動による環境問題への意識の高まりから、世界中で適正品種の見直しや、病気に強い品種への植え替え、有機栽培への移行が行われ始めている。

 

 

宿命的風土をどう考えるか

私は農薬の使用に関しては完全に否定はできないと考えている。過去も未来も。

それよりも、農作物は自然の恵みによって生まれれているという意識、自然があってこそ私たちは生かされているという認識から生まれる感謝があれば、自ずとやるべき事、進むべき道は見えてくるのではないだろうか。

 

私の尊敬する福岡正信氏は言った。

自然農法とは、人知も人為も加えない自然そのままの中に没入し、自然とともにいきいきと生きていこうとする農法である。どこまでも自然が主体で、自然がものを作り、人間はこれに奉仕する立場をとる」(著書:自然農法)

世界と競争すればするほど、日本ワインは本質を失う。

ヨーロッパを目指し真似する必要はあるのか?

風土は変えれど、気候を変えることはできない。

 

今の時代を生きる私たちが向かうべきは、欧州種には劣るかもしれないが、日本の気候に合った地葡萄や交配種もしくは米国種でどこまで美味しいワインが造れるかであり、日本食との相性も含め、日本独自のワイン文化を築く努力をすることだと私は強く信じている。

 

※日本には僅かに欧州種を有機または減農薬栽培する生産者は存在する。

彼らの熱い情熱と畑仕事にはもちろん敬意を表したい。

 

参考図書

「日本ワインの夜明け」:仲田道弘

「日本のワイン」:井上宗和

「日本のワイン」:山本博

「著作選」:浅井宇介

 

 

ワインの紹介

ラ・グランド・コリーヌ・ジャポン「小公子」

 

 

他国に比べて非常にブドウ栽培に厳しい日本の気候条件の中、その本質の中でワイン造りを行っている生産者がいる。その名は大岡弘武氏。フランス・ローヌにて「ラ・グランド・コリーヌ」という名で世界から注目される自然派ワインを造っていた人物が、2016年に帰国し、岡山県でブドウ栽培とワイン醸造を開始した。

その彼が「小公子」という名のブドウで造るワイン。

 

※小公子(澤登晴男氏が日本のみならず中国、ヒマラヤなど様々なヤマブドウを交配して作出した品種)

このワインから感じるべきことは多くあるはずである。

 

世界に通用する日本ワインには、日本の気候に合った日本独自の品種を使うことが必要です。他にない個性を持つことがワインの価値に繫がります。しかも固有品種は病気耐性に優れています。幸いにも、日本にはヤマブドウという土着の品種があります。実が小さく、糖が高く、しかも酸も高く、タンニンが豊富です。すべてグランヴァンに必要な要素です。ヤマブドウは雌雄異株で受粉が必要なため、安定した栽培は難しいですが、その交配種、つまり雌雄同株のものを使えばその問題もクリアできます。そして、すでに日本にはヤマブドウの交配種が存在しているのです(著書「大岡弘武のワインづくり)

 

 

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